言葉を軽視しないで!

こんにちは。 ひまりんばぁばのブログです。

今日、ふと耳にした言葉、「発達障害」。これは確かに脳の先天性の疾病です。ですが、そこにはやはり先天性の疾病を抱えている子に対する親の対応の仕方、育て方次第で、その子の人生を人格を大きく左右する力があると思います。

相手との対等の立場で信頼関係を築いていくために、私たちは日々言葉を会話をします。言葉によって相手とのコミュニケーションをとっていく、必要不可欠とも言えます。

しかし、私たち日本人は島国で同じ民族で長いこと生活をしてきた歴史があり、以心伝心など言葉に頼らなくても相手を思いやる気持ちや行動が美徳とされている部分が今でも残っているため、いちいち言わなければわからないのかと感じてしまう事も多いのではないでしょうか?

親と子、誕生以来その子の成長を見守っていたという思いが災いして、なんでも子供の事はわかっているといった気持ちになり、子供の気持ちをつい見透かしてしまいがちです。

子どもは3年ごとに成長の度合いが変わります。家庭というエリアから離れて幼稚園・小学校・中学校・高校・社会で親の知らない体験をたくさんするようになります。その一つ一つの体験を通して子供が何を感じ、どんなことを考えたのか、それは子ども自身の言葉を通してしか知ることができません。食卓を囲みながら、休日に散歩をしながら、お風呂に入りながら子供の話す言葉によく耳を傾けてあげることはとても大切です。

思い込みで子供を解釈するのではなく、お互いが対等の立場で言葉を通じてコミュニケーションを取りながら少しずつ相手の気持ちを理解する、そうする事で、子どもも言葉の大切さを実感し、言葉によって自分というものを表現していく術を徐々に学んでいくことができるのです。

言葉によるコミュニケーションが成立しない時、子供は衝動的な行動化、「切れる」という現象の現れがあります。これは日々の親子関係においてコミュニケーションの薄さを表しているのだと思います。

言葉に詰まる、相手の言葉に反論できない、一方的な叱責、不快な刺激などから言葉に代わる行動化の表れとなるもの「切れる」。

もちろん個人差もありますが、この「切れる」行動化現象はそれまでの育ってきた過程で、親をはじめとする身近な人達に、自分の声をじっくり聞いてもらう体験が乏しかった、なかったから、言葉を手掛かりに相手とコミュニケーションをとっていくことがうまくできないままなのです。親と子という関係の立ち位置により、一方的に抑え込まれる、自分の思いや欲求を聞いてもらうことがない、そんな事が重なるうちに、自分という存在が語るに値するものではない、語るという感覚そのものを失ってしまっているのではないでしょうか?

自分を大切にできない子供は、他人を大切にすることもできなくなってしまいます。自分という存在も、ましてや他者の存在も、かけがえのない貴重なものだという実感を失っていくことで、他者とは言葉によるお互いの気持ちの交流の回路を閉ざし、時には暴力、時には引きこもり、時にはいたたまれない事件へと発展してしまうのではないでしょうか。

言葉は言霊です。

一人の子供を育て上げるためには親が子供に無関心ではいけないのです。

日々、親が使う言葉も何が大切でなにがいけないのか、子供のたどたどしい言葉を受け止めながら、辛抱強くかかわってあげることをしなくてはいけません。子育てとは無償の愛です。どうぞ、愛をもって我が子を健やかに幸せな大人に育ててください、お願いします。